浜松駅より徒歩40分 | 磐田駅より車で10分 姿勢を変えて根本から改善する接骨院 接骨院RISE(ライズ)

スタッフ紹介

痛みを根本から治したい方、当院にお任せください!
永野 文博ながの ふみひろ
出身地…山口県下関市
所持資格…資格資格資格資格
資格資格資格資格資格資格

はじめまして!院長の永野文博です。
当院のページをご覧いただきありがとうございます!
あなたの大切なお身体を預けられる人間かを
見極めていただくため私の自己紹介をさせてください!
まずは、私の保有する国が認めた国家資格免許(医師免許や看護師免許資格と同じ)です。

幼少期は元気一杯!

山口県の下関市に永野家の長男として生まれました。
父は●で母は●でした。

私の幼少期は、一言で言うと「わんぱく小僧」でした。
決めた競技はあまりやっていなかったのですが、
いつも外で遊び、真っ黒になって、自転車で何処へでも行く!
そんな昔ながらの活発な少年でした。

小学生時代

やんちゃ盛りなため怒られる毎日でした。

両親にあまりに叱られるため小学1年生で祖母の家に家出したこともありました。

小学1年生ながら5キロ先の祖母の家まで自転車を漕いで家出したことを今でも鮮明に覚えています。

高学年になりサッカーと出会いました。
今と違って細かい戦術はありませんでしたが打ち込んでいました。
ここでも真っ黒になるまで打ち込んでいました。

しかし肝心の通信簿では・・・
6年間先生からは
「落ち着きがありません・・・」と必ずコメントをいただきました。
先生との3者面談が嫌だったことを思い出します。

スラムダンクから始まった
バスケット漬けの中学時代

小学校を卒業するときには身長が170センチありました。

 中学1年生の時にやはり一番後ろのため、
バスケット部からすぐに声がかかりました。
でも、、、サッカー部に入りたいんですけど・・・
と先輩に伝えると、
「この学校にはサッカー部はないよ!」と言われ絶句。

当時は漫画「スラムダンク」が流行っていたので読んでバスケットを始めましたが当然のごとく地獄の練習日々を過ごしました。
 
地獄でしたが相変わらずスポーツには熱中できたため
山口県の優秀選手賞までもらいました・・・(ちょっと自慢)笑

高校へはバスケットで県内強豪校へ!

毎日強くなるための筋トレ、練習、練習、練習!!!

「水なんて飲んだら弱くなる!」という時代でしたので超スパルタな生活をしていました。

大学へもバスケットで
進学するものの・・・ 転機が、、、

大学へはバスケットで進学しました。
しかし、選手生命を終わらせてしまうケガを繰り返しました。(泣)
 
「どうやっても良くならない腰痛」
「痛くて走れない」
「でもなんとかしなきゃと隠して復帰してまたケガを繰り返す」
「積もり積もって靭帯損傷の大ケガ・・・」

この、
競技を続けたくても続けられないケガをたくさん経験をしたことが私の治療家人生のスタートになりました。

専門学校でプロのトレーナーを目指す!

「自分のような人を減らしたい!」そう心に誓った私は
スポーツに関わりながら人の体を良くする仕事につきたいという思いが強くなりました。
そのため柔道整復師になる専門学校へ行き、プロのスポーツトレーナーを目指しました!
 
そして、、、
日本オリンピック協会医科学スタッフの仕事をしていた先生のもとで修行に励みました。

身体の痛みを治す知識と技術を人生で一番死ぬほど勉強しました。


そして3年後
念願の「日本オリンピック医科学スタッフ」に任命していただきました。
私は日本代表女子の体操競技を担当し
 アジア選手権や日本選手権、NHK杯など様々な大会や合宿などに
に帯同させてもらい、たくさんの素晴らしい経験をさせていただきました!

そしてこの経験を私が今までお世話になった地域である
浜松や磐田で還元したいと思い、このこの地で整骨院を開業する運びになりました。

開業して思うこと

「頑張ってる人をなんとかしたい!」という想いを汲んでくれたスタッフだけが患者さんの健康に携わる。
少数精鋭の素晴らしいスタッフと毎日切磋琢磨できて感謝ばかりの毎日です。

だからこそ、私たちは皆そろって「熱血」です!
でも、強要はしませんので安心してください。笑

「もう、どうしていいかわからない不調がある」

こうした患者様を私は救いたいと思っています。

ずっと健康でいたいあなたに、最高の治療を本気であなたと一緒に取り組み、最も大切な「自分の体を自分で治すことができるようになる」そんな接骨院を運営できることが私の役目です。
あなたに会えることを楽しみにしております。

斉藤 大輔さいとう だいすけ
出身地…静岡県磐田市
所持資格…資格資格資格資格
資格資格資格資格資格資格

幼少期は元気一杯

静岡県の磐田市に斉藤家の長男として生まれました。
私の幼少期は、一言で言うと「やんちゃ小僧」でした。
いつも友達と外で遊び、真っ黒になって遊んでいました!
昔ながらの活発な少年でした。

小学生時代はキャプテン翼の影響で
サッカーを始める!

外での遊びが好きでいつも友達と遊ぶことを考えていて、
勉強はあまりしませんでした!
アニメ「キャプテン翼」の影響で小学2年時にサッカーを友達と一緒に初めました。
そして、友達と夢中でサッカーボールを追いかけていました!
試合で勝った負けたで
泣いていた時もありました(笑)

中学時代はさらにサッカーにのめり込む

中学校でも当然のことながらサッカー部に入り、
毎日サッカーをしていました。
同学年の部員が11人しかいなくて大変でしたが、逆にチームワークが良かったです。
とはいうものの、弱小チームであるのでなかなか勝てずにいました。
最後の大会では、勝てば次のステージにいけるという試合でPK戦までもつれ込むところまでいったんですが・・・ 僕がPKを外して、無念の試合終了・・・
あの時のPKのボールの行方は今でも忘れられません!

高校時代はサッカーに転機が訪れる

高校でもサッカーを続け、朝練・通常の練習・練習後の自主練習で日々ボールを追いかけ走り回っていました。
将来は学校の先生になってサッカー部の監督になりたいという目標があったので、勉強も頑張っていました。
しかし、そんな矢先
部活で人生で最大の挫折をすることになります。

それは「喘息」にってサッカーができなくなってしまったからです。なので途中でサッカー部の選手からマネージャーに転向しました。
走れない、ダッシュができない、もちろん試合なんて出られない。
でもサッカーはしたい・・・
半年くらいはそんな状況で選手をやりましたが、
2年生で「このまま選手でも試合に出れないし、他の部員に迷惑がかかる」と思い、選手からマネージャーに転向しました。
裏方の仕事で選手をサポート側に回り、サッカー部を支える仕事はとても大変でしたが、充実していました。
この経験が、スポーツトレーナーを目指すきっかけになりました。

大卒後、教師ではなく
スポーツトレーナーに必要な
知識・技術を学ぶ

選手が「やりきった」「思い残すことはない」と言うくらい充実したプレーをしてほしい!との思いで毎日専門学校で勉強に励んでいました。
専門学校卒業後は、オリンピックの医科学スタッフの仕事をされていた先生の会社に入社し、様々なスポーツ現場で経験を積みました。

実際にプロトレーナーになって
今思うこと

多くの選手・患者さんと接するうちに、スポーツ選手だけでなく、スポーツをしていない人も身体の悩みがあることを知りました。
私には「身体の悩みで自分のやりたいことが満足にできない」ことで悩んでいる目の前の患者さんを助けたい・サポートしたい、と言う想いがあります。
そして地元である磐田・浜松の人の健康に貢献し、みなさんが身体の悩みを解決し、自分のやりたいことを思い切ってやってほしい。
そして笑顔になって、明るい人生を送ってほしい。
このように思っています。

「身体の悩みがあり、自分のやりたいことが満足にできない」
このような患者様をサポートしたいと思っています。
あなたがもし、「身体の悩みがあり何とかしたい」と思っているのであれば、私たちが全力でサポートします。何かあれば相談してくださいね。

水川 広哉みずかわ ひろや
出身地…静岡県浜松市
所持資格…資格資格資格資格
資格資格資格資格資格資格

ぶくぶく幼少期

静岡県、浜松市に水川家の次男として生まれました。
私の幼少期はよく食べる!
特にアイスが大好き!(今でも大好き)
水川家の冷凍庫には一年中アイスが入っていました!
冬でもこたつの中で、アイスを食べてはそのまま寝てしまう事がよくあり、
そんな生活を送れば、どんな身体にはなるかはわかりますよね?

よく兄に「デブ!」といわれ、それが原因でよくケンカをする事もたくさんありました(笑)
それでもアイスは辞めないまま小学校に入学です!

小学校時代

小学校では、父がサッカーのコーチ、兄もサッカーをやっていた影響で、1年生からサッカーを始めました。

最初はぶくぶくな身体が邪魔してか走るが遅く、体力もないため走る事が嫌いでした。
ただサッカーは好きだった為、練習は一回も休んだ事はありません!
小学校時代は風邪もひく事なく、丈夫な身体に生んでくれた両親に感謝です。

小学校高学年になると、ポジションがはっきり決まってきて、私は最初はミットフィルダーというポジションでした。(この頃にはアイスを卒業していたと思います(笑))
ただこのポジションものすごく走ります!
高学年になっても走るのは嫌いな私でしたので、すぐにポジションが変わり、私も希望もありゴールキーパーになりました。
サッカーでは一番走らないポジションだった為、私にはあっていたのかもしれません。

ですが、小学校で一番仲のいい友人に誘われ、バスケットのクラブチームの練習に一度参加した事がきっかけにバスケットとサッカーを両立する事に…

ですが、意外と体育館の中で走るのは嫌いではなかったです。
もしかしたら、広いサッカーのグラウンドで長い距離を走るのが嫌いだったかもしれません(笑)

勉強もせず、サッカーとバスケットの毎日を送った小学生時代でした!
なので通信簿はいつも「もっと頑張りましょう」笑

問題児中学生

中学ではバスケット部に入りました。
理由はただ一つ!
サッカーで活躍している兄と比べられるのが嫌だったからです(笑)
兄は小学校時代に全国大会優勝チームのキャプテン。
中学ではJリーグ下部組織でのユースチームに所属し、地元では有名な選手でした。

そんな兄と同じサッカーで比べられるのは、中学生で思春期真っ盛りの
私には耐える事ができるはずもなく…

すぐにバスケット部に入部しました!
部活は真面目な私でしたが、生活面ではあまりいい生徒ではなかっと思います(笑)
いじられキャラだった私はよく他の生徒にいじられ、
それが原因でケンカもしていた記憶が多々あります。
今でも地元の同級生と話すと
「すぐキレる奴だった」と笑って話しています。

それが原因で一度部活禁止令がでた事あるぐらいでした。

私はそれがショックで一晩泣いていた所に兄が慰めてくれました。
特に何かいってくれたわけではないですが、それでも私は兄の存在に感謝しました。

そこからはケンカもしないようになりました。(1回ぐらいあったかも)

でも最後まで部活に行くことができ、最後の大会ではいつも負けていた中学に勝てる事ができ、みんなで笑って卒業できました。

人生の転機!高校時代

私の中学生の頃は飛行機の整備士でした。
高校も地元の工業高校に入学し、苦手な理数系の授業と闘っていました(笑)

ですが、この時期、大学生でもサッカーを行っていた兄がサッカーを辞めました…
理由は足のケガ。
ケガ事態は完治できるものでしたが、なかなか治療が思うようにいかず…

痛みは引いてもサッカーを行うとまた痛みがでてしまい、また治療しての繰り返し…

思うようにプレーができない兄はサッカーを辞めてしまいました。

その決断をした兄の顏は一生忘れる事はないでしょう…

これが私の人生の転機です!
整備士を目指していた私はこの顏を一生みたくないと思いました!

でも実際兄と同じ境遇な人はたくさんいると、兄の治療担当の先生から話しを聞きました。

だったら自分が同じ境遇な人を減してやる!

そう決心しました! それからは私は飛行機の整備士を諦め、治療家を目指しました!

勉強づけな専門学校時代

治療家になる為、私は専門学校に入学しました。
そこで私は二つの資格をとりました。

まず治療を行う為に、柔道整復師の資格をとり、人間の基礎的な知識を学び、
更に治療の幅を広げる為に鍼灸師の資格もとりました。

私にとってはとても充実した日々の連続。
学校にいって、終わってから接骨院でアルバイト、家に帰ってから勉強の毎日!
学校で学んだ事が、アルバイトでも生かされ、それが少しずつ自分の力になっていくのが、
嬉しかったです。

そして二つの資格をアルバイトと両立しながらとる事ができました!

もちろん勉強した分だけ遊びましたよ?
楽しい事もたくさん専門学校の仲間たちとしてきました(笑)
日々一緒に資格をとる為に勉強をした仲間たちとは今でも仲良くさせてもらってます。

RISEに入社して

私がRISE入社した理由は…
身体を根本的に治すという治療理念です!

この考えが私が治療家を目指した理由と同じだからです。


兄のようにケガの再発してしまわないように…
ケガの根本の原因から治していく!
皆様がケガを恐れず、やりたい事を思いっきり行える!
それが達成した時の笑顔を私は見たいです!

その笑顔を見る為に私は多くの現場にいきます。
患者様のケガからの復帰試合や、大会の帯同にはフットワーク軽くいきます(笑)

その時に見せてくれる笑顔が私は一番好きだからです!

もっと多くの笑顔が見れる為にもっと自分を磨いてき、兄のような顏が今後浜松、磐田からなくせれるように治療家になれるよう頑張っていきます。

皆様の笑顔を見れる事を楽しみにしています。

藤田 雅也ふじた まさや
出身地…静岡県掛川市
所持資格…資格資格資格資格
資格資格資格資格資格資格

はじめまして!RISEの藤田 雅也です。
ホームページをご覧いただき
ありがとうございます!
私の自己紹介をさせてください!

幼少期はやんちゃ坊主!

静岡県掛川市に藤田家の次男として生まれました。(双子なので長男次男はハッキリとはありませんが…笑)

私の幼少期は「なんでも興味津々、天然君」でした。
家の中では、ビデオテープの中がどうなっているか気になりの覗いてもても満足いかず、手を突っ込んで取れなくなりビデオテープと一緒に病院に行きました!
家の外ではドブの側溝に足を入れたらどうなるかと思い入れてみたら抜けなくなり、その場で泣きわめく!
ちょっと変わったことに興味のある幼少期でした。

小学校時代

小学校2年生の時に野球と出会い、毎週土日は野球に打ち込んでいました。
学年が上がるごとに背番号が若くなっていくことが嬉しかったのを覚えています。
自分と同じ背番号の選手の打ち方をモノマネして、将来はプロ野球選手になれる!そう思い野球をやっていました。

平日は家に帰るとランドセルを玄関において、すぐに公園に遊びに行っていました。
毎日が遊んでばかりの生活でした。

通信簿は意外と平均ラインにいましたが、「きちんと挨拶が出来ている」に○がなかった時は父にすごく叱られたのを覚えています。
挨拶だけは大切にしようとその時強く思いました。

一瞬で将来の夢がなくなった中学校時代

小学校の野球が終わり冬休みから中学校の練習に参加していたため、迷いなく野球部に入部しました。
中学校も小学校と同じように野球ができると思っていましたが、まさに天と地でした!
部活動に参加できない条件があり、「一日休むと一週間部活停止」「週一回の野球日誌の提出を忘れると一週間部活停止」「連絡なしで休むと一ヶ月部活停止」と当たり前だけども過酷に感じていました。
そして一番ショックだったのは監督に言われた一言!
「お前らまさかプロ野球選手になれると思ってないよな?無理だぞ」
夢が終わった瞬間でした(笑)

高校野球で怪我!その時転機が!

高校は「甲子園!」というわけではなかったのですが野球が好き!野球がやりたい!その気持ちが強く高校野球に打ち込みました!

高校3年の5月、紅白戦をしている時にボールがふくらはぎを直撃!!
その時から歩くのも大変になってしまいました。
部活は休みたくなかったので痛くても毎日続けていましたが、全然と言っていいほど動くことが出来ず、諦めて接骨院に行くことにしました。

接骨院に行ったら野球を止められる。そんな思いしかありませんでした。
しかし、先生からは「もちろんリスクはあるけど、続けながらでも大丈夫」と言ってもらいすごくうれしく思いました!
痛みはありましたが野球を続けることができた。その喜びだけが残りました。

この喜びをみんなに伝えたい!いや、自分と同じ喜びを感じさせてあげたい!

この感動の経験が柔道整復師を目指す人生のスタートとなりました。

柔道整復師を目指す

自分が経験した感動をみなさんに与えたい!
それを成し遂げるために柔道整復師を目指し大学へ進学しました。
たくさん覚えることがありましたが必死で勉強しました。おそらく人生で一番勉強したと思います!
その結果、柔道整復師になることが出来ました。

RISEでの思い

RISEに入れたことにより毎日たくさんのことを学ぶことが出来ています。
「腰痛」「ひざ痛」「トレーナー帯同」といろんな場面での経験をさせてもらえています。
患者さんがRISEにきて喜んでもらえる。感動してもらえる。
私たちはRISEに関わっていただいた全ての人を笑顔にします!
毎日誠心誠意頑張っていきたいと思います!

困ったことがありましたらいつでもお気軽にご相談くださいね。

村田 郁美むらた いくみ
出身地…静岡県菊川市
所持資格…資格資格資格資格
資格資格資格資格資格資格

子供の頃

生まれも育ちも静岡県菊川市です。
ふたつ下の妹と、裏の神社や近所の友人の家に遊びに行ったり、りかちゃん人形やシルバニアファミリーで遊んだり、どこに行くにも一緒の仲良し姉妹でした。

小学生時代

ピアノ、スイミング、習字、バレーボール
色々な習い事をさせてもらい、当時は行きたくないな・・・と思うこともありましたが、今思うと、どの習い事も「頑張る楽しさ」を学びました。

特にバレーボールは、チームプレーの難しさやサーブを打つ時の緊張感など、今でも覚えています。この時、中学に入ったら個人競技をやりたいな・・・と密かに思っていました(笑)

どうしてもやりたかった卓球

中学に入ったら、部活は絶対に卓球をやりたいと思っていました。
テレビで福原愛さんを観ていて、卓球がすごく楽しそうでした。
親しい先輩からバスケ部に誘われたりもしましたが、私には卓球部に入るという思いしかありませんでした。
昔から、こうと思ったらそれしか考えられなくなるところがあり、よく言えば最後まであきらめない性格ですが、悪く言うと人の意見を聞けなくなるところがありました。
中学では卓球を満喫しました。

部活一色の高校生活

高校生になると入学した高校に卓球部が無かった為、やったことのなかった、バドミントン部に入部しました。
バドミントンとの出会いは、私にとってとても大きかったと思います。

1年生の新人戦で、県大会に出場することができました。
その県大会の初戦で対戦したのがとても長身の選手でした。
その試合、接戦で負けてしまったのですが、コーチからは今回は身長の差で負けたね。
と言われ、それがとても悔しかったのを覚えています。
私は身長が低く、当時は140cmぐらいでした。
この先身長が低いことが原因で負けたくない!と思い身長の低さをカバーするために、ほかの人よりも多くフットワークの練習をするなど、誰よりも動ける体を作ろうと決めて打ち込みました。
その結果、3年生の最後の大会では満足する結果を出すことができました。

しかし選手生活を全うする中で、ケガで練習ができない仲間がいたり、対戦相手でも試合中に腕が上がらなくなる選手がいたり、せっかく練習してきたのに悔いが残ってしまう仲間をたくさん見てきました。不完全燃焼なのは辛いことだな思いました。
この経験があり、私は将来スポーツを頑張る人の力になる仕事に就きたいと思うようになりました。

トレーナーになって
女性の力になりたいことに気づく

高校卒業後、スポーツトレーナーを目指す専門学校に就学し、その後接骨院に就職しました。
接骨院での仕事は、毎日が勉強になることばかりで、1日1日があっという間に過ぎていきました。
スポーツをしている方はもちろん、日常生活の中での怪我や、痛みを抱えている方などたくさんの方と出会い、経験させていただきました。
その中で今後、特に頑張る女性の力になれたらと思うようになりました。

4年半、接骨院に勤めさせていただき、学んだことを生かしながらできる仕事をと思った時に、エステの勉強をしようと思い、エステの学校に行くことを決めました。
エステの学校を卒業後、皮膚科併設のエステサロンに勤務しました。
特にフェイシャルの施術をすることが多かったのですが、カウンセリングから施術をさせて頂く中で、お客様の肌のコンプレックスやお悩みに寄り添い、お客様に来てよかったと言っていただけることが、とてもうれしかったです。

私もニキビで悩んでいるときがあり、色々な化粧品を使ったけど、結局何が良いのかわからず、あきらめていました。
的確なアドバイスや原因を知るだけでもスッキリした気持ちになります。

7年エステの仕事をして、お客様の悩みに寄り添うこと、お客様の悩みが少しでも晴れて毎日が明るくなることが大切なんだと思いました。

RISEで働く

「女性が活躍できる場所をつくりたい」という代表の言葉に感銘を受けてRISEで働くことになりました。。
患者様との距離が近く、いろんなお話ができるのがとても楽しく感じています。
私は巻き爪治療を担当させて頂いています。
患者様からお話を伺うと、何年も前から悩んでいたという方が多く、我慢してしまう方が多いんだなと思います。

巻き爪は痛みが取れるだけで、とても楽になります。
さらに、根本原因である歩き方や爪の切り方などを知ることで、今後痛みに悩まさることが少なくなります。

まだそんなに痛くないからどうしよう・・・と思っている方も、不安なことがあればお気軽にご相談ください。
丁寧にご案内させていただきます!

RISEは、経験豊富の先生が多く、よく話を聞いてくれます。
気になることがございましたら、一歩踏み出してみませんか?

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